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あら出てたのねー 5

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年11月 5日(日)18時59分49秒
編集済
   10月23日の続きです.『レス・ポール生誕90周年記念コンサート』(2006年2月7日)DVDの輸入盤がアマゾンから届きました.リージョン0でした.

 エドさんは「迷信」のほかに「ロックンロール・フーチークー」でも歌っていますが,音源だけ見つかりました.ちなみにイントロのアコースティック・ギターはDVDではカットされています.

 https://www.youtube.com/watch?v=MaUrWEzosNI

 バディ・ガイだけストラトで場違いですが,彼だって1960年代はジョニーさんと同じ白いレスポールSGを弾いてましたし,1993年と推定されている写真ではゴールドトップを弾いています.

[追記]よく見たらテレキャスのボディにストラトのネックでした.エドさんと共演したケニー・ウェイン・シェパードもストラトでした.
 
 

変な写真

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年11月 2日(木)23時28分48秒
   エドさんのは見たことがないですが,ジョニーさんはたまに変な写真があります.これは初めて見ました.背景がご近所みたいなのが何とも...
 

ギブソンSGスタンダード

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年10月24日(火)21時41分7秒
編集済
   6月2日の続きになりますが,ジョニーさんが1969年6月22日にトロント・ポップ・フェスティヴァルに出演した時の写真が見つかりました.

 ジョニーさんはギブソンSGスタンダードを弾いていて,このSGにはビグスビーと言うアームがついています.8月17日のウッドストックではビグスビーは外され,トラピーズ・テイルピースに付け替えられています.おそらく使わないのに邪魔だったからでしょう.

 この二日間の写真以外は見たことがありませんが,ジョニーさんは『セカンド・ウィンター』のレコーディングでもSGを使ったと言っています.
 

あら出てたのねー 4

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年10月23日(月)22時59分7秒
編集済
   3月13日の続きです.『レス・ポール生誕90周年記念コンサート』DVDの少しお求め易い輸入盤が9月8日に発売されていました.タイトルは Tribute to Les Paul: Live From Universal Studios です.アマゾンはリージョン1としているのでご用心ください.

01 Superstition (Slash, Steve Lukather, Edgar Winter)
02 Little Wing (Steve Lukather)
03 Watch Boogie (Joe Satriani)
04 House Full Of Bullets (Joe Satriani)
05 Going Down Slow (Joe Perry, Buddy Guy)
06 Hooch Koochie Man (Joe Perry, Buddy Guy)
07 Lovin' Cup (Robben Ford)
08 I Wanna Know You (Neal Schon, Shayna Steele)
09 Rock & Roll Hooch Koo (Kenny Wayne Shepherd, Steve Lukather, & Edgar Winter)
 

Atlanta International Pop Festival 1970 続

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年10月13日(金)23時16分4秒
   以前にも書いた覚えがありますが,音源についての補足です.1970年の二つのフェスは翌年 The First Great Rock Festivals Of The Seventies という3枚組のLPで翌年リリースされ,アンドはアトランタ・ポップからの Mean Mistreater が1枚目の1曲目を飾りました.

 この音源は日本でのみ発売された The Best Of Johnny Winter (1974)に収録され,40年の時を経てジョニーさんの70歳記念の4枚組CD,True To The Blues: The Johnny Winter Story で新たに Eyesight To The Blind と Prodigal Son を加えて発表されました.
 

Atlanta International Pop Festival 1970

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年10月10日(火)19時50分12秒
編集済
   FBで見つけたもう1枚はアンドのライヴで,おそらく1970年7月5日のアトランタ・ポップの出演時ではないかと思われます.

 1970年になり大型フェスの開催地の確保が困難になる中,6月のワイト島は第3回を,アトランタは会場を変えて第2回を迎えることができました.アンドはその両方に出演していますが,ステージ画像は珍しく,映像は今のところ存在するかどうかも不明です.

 ホストだったオールマンのステージを見るとかなり高いのですが,アンドやグランド・ファンク・レイルロードのステージは低いので,サブ・ステージだったと思われます.ちなみにドラマーはエドさんのはずですが髪が黒っぽく見えますね...

 動画を見るとグランド・ファンクの演奏が始まってからステージの前に観客が集まっていますね.映像はビートクラブで放映されたようです.アンドの映像もあれば公開してほしいものですね.

 https://www.youtube.com/watch?v=ai28w8XYvcI
 

テナー・ギター

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年10月 7日(土)20時27分9秒
編集済
   しばらく前にジョニーさんのフェイスブックで見つけた珍しい写真が,久しぶりに再登場したのでご紹介.

 上の写真は『トゥゲザー』でもお馴染みの写真で,伝記本『Rasin' Cain』に掲載の着色前のものから.ジョニーさんはおそらくテナー・ウクレレ,エドさんはそれよりもやや小さいコンサート・ウクレレを持っているようです.日本で一般的なソプラノ・ウクレレはもっと小さいです.

 1953年頃の写真で,二人でエヴァリー・ブラザーズの歌を演奏したと書いてありますが,エヴァリーズのデビュは1957年なのでちょっとありえません.

 2枚目が今回初めてお見せするもので,エドさんはテナー・ギターを弾いています.テナー・ギターは4本弦で,テナー・ウクレレより一つ大きいバリトン・ウクレレと同じサイズだそうですが,ギター・アンサンブルでは高音パートになります.

 1960年にボーモント・カントリー・クラブで撮影されたそうなのでジョニーさんが高校生でエドさんが中学生ごろの写真でしょうか.

[追記]画像3枚目はもう少し後のライヴ告知用のチラシです.エドさんはスティックを持っています.サックスは2枚目と同じメガネの人物で,おそらく Willard Chamberlain というジョニーさんと親しかった人でしょう.自己名義でシングル1枚だけリリースしていて,エドさんの Harlem Nocturne に収録されています.(4月10日参照)
 

1969年8月1日 ハリウッド・ボウル

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 9月12日(火)10時27分1秒
編集済
   6月4日の「1969年フェス行脚録-4」「11 Atlantic City Pop Festival」の補足です.

「初日に名前が載っていますがキャンセルだったようです.8月1日はハリウッド・ボウルのコンサートで録音も残されているので(『Hot』),ダブルブッキングだった可能性があります」と書きましたが,そのハリウッドボウルのチラシかポスターが見つかりましたので貼っておきます.

[追記]この時の録音とされる HOT の曲目です.最後の2曲はレイ・チャールズの曲ですが,エドさん参加の可能性が高いです.

 A1 Help Me
 A2 Leland Mississippi Blues
 A3 Mean Town Blues
 A4 It's My Own Fault
 B1 I Hate Everybody
 B2 Tell The Truth
 B3 What I Say

 https://www.discogs.com/Johnny-Winter-Hot/release/7398758
 

あら出てたのねー 3

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 8月 1日(火)23時50分15秒
   3月13日の続きです.本国では依然ソフト化はされていないようですが,テレビ番組で一部が紹介されたようです.

>「スラッシュとスティーヴ・ルカサーをバックにスティーヴィー・ワンダーの名曲「迷信」を歌いあげるエドガー・ウィンター」

 https://www.youtube.com/watch?v=IkDF8FvXlhg

 http://www.axs.tv/axstvconcerts/a-tribute-to-les-paul-premieres-june-18th-at-87c/
 

Johnny命日

 投稿者:mieko  投稿日:2017年 7月19日(水)14時17分12秒
  ★うりぼうさま

書き込みありがとうございます♪


7月16日は命日でしたね。

突然の訃報にお仲間と情報集めに右往左往して、確実となって
号泣し、10月には大阪でJohnny追悼オフを2泊三日で行った私です

TheGuitarMan 凄い情報満載ですよね。

この本の解説に、ム`川わにじ親分の本名が掲載されておりまして
ここでも数々の情報を入れて頂いておりますが改めてすばらしい1冊になっております。

>Rick DerringerのジャズのCD

話題が出たところで私もこのアルバム聴き直しております♪

RickとEdgarが前回一緒に来日したのも思い出深いのですが
Johnnyと三人での来日はとうとう幻になってしまいましたね。


↓ Johnny亡くなる3ヶ月前の来日時の貴重なインタビュー ベストヒットUSAから

http://mieko2.web.fc2.com/

 

今日はJohnnyさんの命日ですね。

 投稿者:うりぼう  投稿日:2017年 7月16日(日)15時31分4秒
  こんにちは?

Johnnyさんのムック、買いました??
楽しく読ませていただいております。
資料としても素晴らしいですね。

さて、本日7/16はJohnnyさんの命日ですね。
セカンドウィンターあたりのライブ映像、Edgarの熱演も楽しめます。

あと、Rick DerringerのジャズのCDをゲットしました。
ジャズといっても、いわゆるスムースジャズですが、懐かしの名曲がリメイクされていて、感激でした。
この紙ジャケが横にスライドするスグレモノでした。

暑い日が続きますが、皆さまご自愛くださいませ。

https://youtu.be/wg95LzXsRM0

 

1969年フェス行脚録-6

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 6日(火)21時08分50秒
  16 Mid Winter Pop Festival,12月27日・28日・29日,カリフォルニア州ブライス.

 じつは次のマイアミと全く同じ日程なのですが,ジョニーさんの出演日は初日か楽日のはずなのでこちらを先にしておきます.ちなみに28日が日曜日です.規模の割には情報が少なく,今後に期待です.ブライスは観光地のようですが会場も不明.


17 Miami Rock Festival,12月27日・28日・29日,フロリダ州ハリウッドのマイアミ・ハリウッド・スピードウェイ・パーク.

 マイアミ・ポップ・フェスではありません.マイアミ・ポップは前年の5月と12月に同州ハランデール(ハリウッドの南)で開催されました.マイアミ・ロックも規模の割には情報が少ないです.ジョニーさんは中日28日でした.アメリカ国内でこの年29回目のフェスだったそうです.
 

1969年フェス行脚録-5

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 5日(月)22時29分51秒
編集済
  13 Texas International Pop Festival,8月30日・31日・9月1日,テキサス州ルイスヴィル.

 これも有名ですが,ジョニーさんの地元テキサスでの凱旋公演で,同じく地元のジャニスとともに人気を博したそうです.楽日に登場.正規盤かどうか不明ですがCDも出回っています.

 1 Introduction
 2 Mean Town Blues
 3 Black Cat Bone
 4 Mean Mistreater
 5 Talk To Your Daughter
 6 Look Up
 7 I Can Love You Baby

 6 はLeland Mississippi Blues,7 は I'm Not Sure です.


14 Racoon Creek Rock Festival,11月6日・7日・8日,オハイオ州デニソン大学体育館.

 これまたマイナーなフェスですが,初日にザ・フーが出ていたとは驚き.大学めぐりでもしていたのでしょうか(リーズ大学は翌年2月14日).ジョニーさんは土曜日ですが楽日.ラクーン・クリークはアライグマ川といった意味で,全米に何カ所もあるようです.


15 Palm Beach International Music Festival,11月28日・29日・30日,フロリダ州パーム・ビーチのインターナショナル・レースウェイ.

 かなりの規模のフェスのようですが詳細は分かりません.有名なのはストーンズが出たことで,アメリカではこれと自ら主宰した12月6日のオルタモントしか出演していないと思います.ジョニーさんはストーンズと同じく楽日で,メンバーと仲良くなりました.
 

ふむふむ

 投稿者:mieko  投稿日:2017年 6月 4日(日)19時45分19秒
  マッコイズ、参考になります。親分ありがとう?

うりぼうさん、再度、書き込みありがとうございます?

アンドのスタジオ盤は、当時レコードで(日本発売なしの輸入盤)
さんざん聴きました?
 

1969年フェス行脚録-4

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 4日(日)18時21分21秒
編集済
  10 Midwest Rock Festival,7月25日・26日・27日,ウィスコンシン州ミルウォーキーのステート・フェア・パーク.

 会場は自動車レース場でした.シカゴやデトロイトを除けば内陸の中西部でのフェスは珍しいかもしれません.ジョニーさんは楽日でした.


11 Atlantic City Pop Festival,8月1日・2日・3日,ニュージャージー州アトランティックシティのレース・コース.

 初日に名前が載っていますがキャンセルだったようです.8月1日はハリウッド・ボウルのコンサートで録音も残されているので(『Hot』),ダブルブッキングだった可能性があります.ちなみに8月からはエドさんがゲストとして加わります.以下のセットリストはハリウッド・ボウルのものです.

 1 Help Me
 2 Leland Mississippi Blues
 3 Mean Town Blues
 4 It's My Own Fault
 5 I Hate Everybody
 6 Tell The Truth
 7 What I Say

 5 は『セカンド・ウィンター』収録曲です.最後の2曲はエドさんが参加していると思われます.


12 The Woodstock Music & Art Fair,8月15日・16日・17日,ニューヨーク州べセルのマックス・ヤスガー農場.

 これはもう説明の必要はないでしょう.画像は出演者部分の拡大です.楽日の夜中に登場しました.音源もCD化され,1曲だけですが Mean Town Blues の映像も公開されています.映画への出演はマネージャーだったスティーヴ・ポールが断ってしまったそうで何とも残念です.

 1 Mama, Talk To Your Daughter
 2 Leland Mississippi Blues
 3 Mean Town Blues
 4 You Done Lost Your Good Thing Now
 5 I Can't Stand It (with Edgar Winter)
 6 Tobacco Road (with Edgar Winter)
 7 Tell The Truth (with Edgar Winter)
 8 Johnny B. Goode

 4 はBBキングのスロー・ブルースで比較的レアです.いつもは It's My Own Fault か Be Careful With A Fool をやっていました.いずれもBBの曲です.5 は I'm Not Sure です.ウッドストック後に『セカンド・ウィンター』の仕上げがなされました.
 

1969年フェス行脚録-3

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 3日(土)21時11分12秒
  07 Newport Jazz Festival,7月3日・4日・5日・6日,ロードアイランド州ニューポート.

 こちらが本家のニューポートで,この年はロック勢が大勢出演しました.ジョニーさんは楽日午後の部で,BBキングとの共演も果たしました.音源も残されています.さわりだけちょこっと.https://www.youtube.com/watch?v=XZtb098wi6o セットリストは setlist.fm からです.

 1 Leland Mississippi Blues
 2 Black Cat Bone
 3 Mean Town Blues
 4 Jam
 5 Dallas
 6 I Love Everybody
 7 It's My Own Fault
 8 Every Day I Have the Blues (with B.B. King)
 9 Five Long Years (with B.B. King)

 6 は『セカンド・ウィンター』収録曲ですが,この時点ではまだレコーディングされていなかったのではないかと思います.


08 Laurel Pop Festival,7月11日・12日,メリーランド州ローレル・パーク競馬場.

 初日に登場.ジェフ・ベックと知り合いゲストに招きましたが実現しなかったそうです.大雨だったとか.ジェフさんは第1次ジェフ・ベック・グループの末期で月内に解散してしまい,予定されていたウッドストックも不参加でした.


09 Forest Hills Music Festivai,7月・8月の週末,ニューヨーク市フォレスト・ヒルズ・テニス・スタジアム.

 あまり聞いたことがないですが,1963年から開催されているようです.ニューヨーク市には他に Schaefer Music Festival というセントラルパークで長期開催のフェスもあり,後にエドさんも参加しています.ジョニーさんは7月26日にBSTとともに参加.前フェスとの間に『セカンド・ウィンター』のレコーディングが開始され,20日のアポロ11号月面着陸もスタジオのテレビで見たそうです.
 

1969年フェス行脚録-2

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 2日(金)21時12分8秒
編集済
  04 Toronto Pop Festival,6月21日・22日,ヴァーシティ・スタジアム.

 前出の Toronto  Rock 'n Roll Revival(ジョン・レノンが出た) と同じ会場です.本格的なシーズンを迎え,大がかりなフェスが続きます.初日の夜の部でした.


05 Newport 69,6月21日・22日・23日,カリフォルニア州ノースリッジのデヴォンシャー・ダウンズ.

 競馬場でのフェスだったようです.前年は Newport Pop Festival の名称で開催されました.ジョニーさんは楽日の登場で,前フェスから中一日でした.


06 Denver Pop Festival,6月27日・28日・29日,コロラド州マイル・ハイ・スタジアム.

 ジョニーさんは中日で,Wikipedia にセットリストがありました.

 1 Rollin' & Tumblin'
 2 Help Me
 3 Going Down Slow
 4 Mean Town Blues
 5 I'm Not Sure
 6 It's My Own Fault

 Going Down Slow はセントルイス・ジミーの曲で時折取り上げていますがスタジオ録音はありません.辞世のブルース.I'm Not Sure は『セカンド・ウィンター』収録ですがまだレコーディングされていないはず.ウッドストックでも取り上げたエレクトリック・マンドリンの曲です.
 

1969年フェス行脚録-1

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 6月 1日(木)22時07分47秒
編集済
   1969年4月20日のフェスの話が出たので,ここ数年で資料も増えましたし,同年のジョニーさんのフェス行脚録を書いておきたいと思いますます.ポスター画像付1回3件ずつになるのでちょっと長くなりますが,情報や感想があったらよろしくお願いします.

 2004年のインタヴューでアンクル・ジョン・ターナーは「最初の仕事は5月か6月までなく,それは大きなセミノール族のインディアン保留地での演奏だった。そしたらあの年の夏はたまたまポップ・フェスティヴァルの当たり年で,週1回で約10万人を前に演奏することになったんだ」と述べています.トミー・シャノンも「1969年の夏はビッグなロック・フェスティヴァルの時代で,俺たちはそのすべてで演奏した」と話しています.

 今回調べていてこの「セミノール族の……」もフェスティヴルだったと分かり驚きました.コロンビアからのデビューが4月で,それから1か月ほどでフェス渡りが始まっていたことになります.なお出演日はポスター等で確認できたものを記載していますが,変更やキャンセルなどもあるので確実ではありません.


01 Big Rock Pow-Wow,5月23日・24日・25日,フロリダ州ハリウッドのセミノール・インディアン・ヴィレッジ.

 なんで「インディアン保留地」なのか不思議に思っていましたが,フロリダの観光地のようです.出演者も少なく本当に3日もやったのかという気もしますが,別ソースによるとジョニーさんは初日に登場したそうです.ともかくいきなりフェスとは驚きました.デッドの音源はCD化されています.


02 Detroit Rock 'n Roll Revival,5月30日・31日,ミシガン・ステート・フェア・グラウンド.

 おそらく同名のコロシアムを使用した屋内フェス.こちらも出演者はあまり多くありません.ロックン・ロール・リヴァイヴァルなのでチャック・ベリーが呼ばれていますが,後のトロントでのフェス(9月13日,ジョニーさんは不参加)と比べるとこじんまりしています.ジョニーさんは初日でしたが「ジョニー・B」はやったのでしょうか.録音もまだの段階ですが.


03 Memphis Country Blues Festival,6月6日・7日,オヴァートン・パーク・シェル.

 この時もジョニーさんは初日でした.ステージは後ろに貝殻のような壁がある野外音楽堂でした.1966年に始まったブルース・フェスで,そのころは戦前の黒人ブルースマンの「再発見」がピークでした.もともとはアコースティック・ブルースのフェスだったこともあり,後日に黒人ブルースマンのジョニー・ウッズがエレキはうるさかったと言っていたと知ってジョニーさんががっかりしたというエピソードが残されています(1971年のインタヴィュー).
 

謎の Flying Bear Medicine Show

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月29日(月)23時05分50秒
編集済
   うりぼうさんにマッコイズの文書に興味を持っていただけたようなので少し追加します.

 まずランディZさんの近況ですが,健在だとは思いますが全く分かりません.彼についての最後の情報はベースのランディ・ジョーさんの結婚式に参加したという旧聞で,正確な日時は不明ですがジョニーさんの髪型からして『俺は天才ギタリスト』(John Dawson Winter III, 1974)のころではないかと思われます.

 ジョニー・ウィンター・アンドのスタジオ・アルバムに参加して1970年の6月ごろに倒れて離脱したことは書きましたが,原因は悪いお薬のようです.リックさんを除く3人は深くかかわり,ランディ・ジョーさんはそれで命を落としたのですが,ランディZさんもジム・モリソンやダニー・ハットンとつるんでいたという話もあり,かなり危険な状態だったと推測されますが,何とか生き延びたようです.

 さて,今回見つけた標記のLP盤,オランダでは Spontaneous Jam Sessions At A Traveling Rock Festival というタイトルでリリースされたそうですが,1969年に開催されたフェスティヴァルのジャムを収録したライヴ盤のようです.

 3曲目 Make Me Wanna Holler にリックさんとランディさんの兄弟,そしてなぜかベースでボビーさん(Robert Peterson 名義)が参加しています.なお Steve Miller は AOR で有名になった人ではなくてアール・フッカーやエルヴィン・ビショップと共演したオルガニスト(故人)です.

 https://www.discogs.com/ja/Flying-Bear-Medicine-Show-Flying-Bear-Medicine-Show/release/5538923

 ここで聴けます https://www.youtube.com/watch?v=RL0q-rDA-wg 18:07-

[追記]マーキュリー・レコードの主催で,1969年4月20日にサンフランシスコ近くのマリン群の大学で開催されたフェスだったようです.前日のサクラメントのチラシもありました.Traveling Rock Festivalの所以です.
 

facebookのグループで

 投稿者:うりぼう  投稿日:2017年 5月28日(日)17時48分55秒
編集済
  こんにちは(^^)

ム`川わにじ さんのマッコイズの記事、興味深く読ませていただきました。
その中でマッコイズのアルバムの曲をランディさんが何曲も書いていたとありました。
ANDの曲でランディさんの書いた
Am I Here
というのがありますが、とても良い曲で私は好きです。
ランディさんは才能のある方だったのだと思いました。
彼はその後、どうなったのでしょう、今もご存命なのでしょうか?

ところで、私はfacebookで洋楽ファン倶楽部というグループに入っています。
洋楽といってもそんなに詳しくないので、最初は見るだけだったのですが、たまに投稿すると友達が増えたりして、いつの間にかハマり、今ではほぼ毎日投稿しております。

中には知識、人柄ともに素晴らしい方がいて、勉強になるし、私が良い投稿をすると、褒めていただいたりします。

先日、Dan Hartmanの大ファンという方とお友達になり、この掲示板で知ったDan のサイトを教えてあげたら、とても感激していました。

facebookに限らずネットを見ていると、Edgarのファンはいるので、こっそりWinter Familyのグループを1人だけで作ってみようかなと思ったりしています。

最近、ネットで見つけた写真です。
最初の写真、誰かわかりますか?
そう、Chuck Luffです。
最後のははWhite Trashです。
 

"麗蘭"が語るジョニーさん

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月27日(土)23時29分4秒
編集済
   ジョニーさんのファンで意外だと思われているのが爆笑問題の太田光氏で,その『自伝』には「一番好きだったのは,ジョニー・ウィンター」,「彼の『ロックンロール・フーチー・クー』という曲が大好きだった」と書かれています.

 今回見つけたのは RC の仲井戸麗市氏とストリート・スライダースの蘭丸こと土屋公平氏のインタヴュー."麗蘭"結成は1991年だったそうですでに四半世紀を超えていることになりビックリ.爆笑問題が売れ始める前の話になります.

 太田氏ほどの意外性はありませんがとくとご覧ください.

 http://rollingstonejapan.com/articles/detail/26760
 

Getty Images

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月14日(日)16時43分36秒
編集済
   何かと話題の Getty Images ですが,ジョニーさんやエドさんの写真もたくさんあります.珍しいものを少しご紹介.1,887ページあるように見えますが,実際には33ページまでのようです.時代がバラバラなのが難点ですが,じっくりご覧ください.

 http://www.gettyimages.co.jp/search/more-like-this/116661434?excludenudity=true&mediatype=photography&sort=mostpopular
 

Frankenstein 1984

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月11日(木)19時06分11秒
編集済
   4月28日の続きになります.Frankenstein 1984 の17インチ盤を手に入れました.残念ながらターンテーブル等がないので今は聴けません.プロモ・ヴィデオもありました.https://www.youtube.com/watch?v=QmZu-2PaAyE これはおそらく7インチ盤の尺だと思います.

 スリーヴ裏面のクレジット部分をスキャンしました.見やすいように反転してあります.まず目を引くのはミュージシャンとしてクレジットされているのはエドさんとクレイグ・ハリスの二人だけで,しかもハリスはシンクラヴィアとリズム・マシーン・プログラムとしか書かれていないので,実際に楽器を手にして演奏をしたのはエドさんだけのようです.

 シンクラヴィアというのはシンセサイザーとサンプラーとシーケンサーの機能を併せ持ち,さらにミキサーとディスプレーとキーボードで構成されるシステムだそうで,それだけで自動演奏ができる装置のようです.2枚目の画像は1982年頃の Synclavier II というモデルだそうです.おそらく別に巨大な本体があるはずです.

 リズム・マシーンはおそらくローランドの TR-808 でしょう.1980年発売の初のプログラム可能なリズム・マーシーンで音源はアナログでした.レコーディングが行われた1983年には後継機種のTR-909が出て,シンバル類がデジタル化されましたが,フルにデジタルのは翌年登場の TR-707 からになります.かなりリアルなドラムの音がしますが,エドさんが実際に叩いたものではないかと思います.

 何と言っても懐かしいのはハンド・クラップの音.TR-808 で発表されたアナログの合成音だったのですが大傑作の評価を得て,デジタルになってもそのままサンプリングされて引き継がれました.おそらく二人でシンクラヴィアでベーシック・トラックを打ち込み,それに Voyetra(プログラムできるポリシンセ)を同期させ,オリジナルでも使用したアナログ・モノ・シンセ Arp 2600 やアルト・サックスや生ドラムの音を重ねて行ったのではないかと想像されます.3つもヴァージョンがあるものこの方法ならではでしょう.10年前と違って切貼の必要はありません.

 不思議なのは12名にも及ぶバックグランド・ボーカル隊で,スタジオなら少ない人数で何回か重ねればいいわけで,他の部分の省エネぶりとはアンバランスです.もっともこの部分(ヒューマン・ヴァージョンかモンスター・ラップに入っている)はまだ聴いていないので効果のほどは何とも言えませんが.
 

マッコイズ:結

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月 9日(火)09時02分49秒
   スティーヴがメンバーを自分がマネジメントするジョニーさんに引き合わせたのが何時かは分かりませんが,ブルース路線に限界を感じていたマネジメントやレコード会社などによって1970年に入る頃にはアンドの構想が提案され,5月ごろに始動したのではないかと思われます.その際に変調をきたしていたボビー・ピーターソンが外れ,ファースト・アルバムのレコーディング後にランディさんも倒れ,7月5日のアトランタ・ポップ・フェスティヴァルではエドさんがトラムを叩いたことは以前書いた記憶があります.

 Johnny Winter And のスタジオ盤はジョニーさんの最初の2枚よりはマッコイズに繋がるものがあります.全11曲中ジョニーさん3曲,リックさん4曲,ランディさん1曲で他はカヴァでした.それぞれ持ち寄って制作したとの話です.And Live ではジョニーさんのファースト,セカンドの路線に戻っています.

 Johnn Winter And の後ろには The McCoys が省略されていると言われますが,マッコイズは何時まで存続していたのでしょう.And の結成を以ていったん解散なのか,And の解散で同時に解散なのか.1969年に解散したとする説もありますが,正式なステイトメントは記憶になく,もしかするとまだ解散していないのかもしれません.ランディ・ジョーさんとボビーさんは亡くなられてはいますが.

 余談ですが,作家の清水義範の奥さんは日本のマッコイズ・ファン・クラブの幹部で,「ナンシー」というペンネームで活動していたそうです.この話は現在行方不明の本が見つかったらまた書きます.「伝説の展開図──偽ビートルズ伝」(『世界衣裳盛衰史』所収)
 

マッコイズ:続々々

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月 8日(月)06時31分48秒
編集済
   サード・アルバムは12曲中メンバーの作品が11曲でしたが,一番多いのがランディさんで10曲に参加し,単独作も6曲あります,次はキーボードのボビーさんで単独1曲の共作3曲でした.これに対してリックさんは共作4曲のみで,後年のことを考えると不思議な気がします.翌1969年の次作 Human Ball は最後のアルバムになりますが,同じ傾向が続きます.9曲中ランディさんが単独3曲,共作2曲,ボビーさんが単独1曲,共作1曲に対しリックさんは共作2曲にとどまっています.カヴァは2曲.

 この最後のアルバムでは1曲目に Human Ball Blues という4人共作のフレディ・キング風のブルース・インストが置かれ,最後に Stormy Monday Blues のライヴ・ヴァージョンが配されています. Stormy Monday Blues はファーストにスタジオ・ヴァージョンが収録されていますが,この最後の時期にリックさんのギターをフィーチャーしたブルース路線が頭をもたげて来たと伝えられています.しかしレコードに残されたブルースはこの2曲(3テイク)だけで,振り返ってみるとロックン・ロールが1曲もないのも不思議です.

 おそらくこの年でマーキュリーとの契約は切れたらしく,時期は分かりませんがスティーヴ・ポールとマネジメント契約を結び,彼が住んでいたスターツバーグというニューヨーク州のハドソン川流域にある小さな町に住み,彼が経営するニューヨーク市のクラブ,ザ・シーンのハウス・バンドを務めたりしていました.ジミヘンとの共演もあったと噂されていますが,行き詰っていたのは明らかです.

 3枚目の写真はオマケですが,Bang 時代の日本盤シングル.「二人は若い」ってディック・ミネかいな.「あなたと呼べえば,あなたと答える...」.
 

マッコイズ:続々

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月 7日(日)10時23分55秒
編集済
   1967年はシングルのみで,この年でデビュ以来の Bang というレコード会社を離れました.Bang はレーベル・マークがリックさんがデリンジャー(Derringer,小型ピストル)を名乗るヒントになったとされていますが,そもそもは Hang On Sloopy の作者に名を連ねる Bert Russell こと Bert Berns が1965年に立ち上げたレーベルでした.

 彼はソングライターとして,Twist and Shout(ビートルズで有名ですがオリジナルはアイズリー・ブラザーズ,1961年),Everybody Needs Somebody to Love(ブルース・ブラザーズでも有名ですがオリジナルはソロモン・バーク,1964年),Under the Boardwalk(ドリフターズ,1964年),Here Comes the Night(ゼム,1965年),Piece of My Heart(ジャニスで有名ですがオリジナルはアリサの姉アーマ・フランクリン,1967年)などのヒットに名を連ねていまいましたが,1967年12月30日に心不全のため38歳の若さで急逝しました.レコード会社は1980年代初頭まで存続します.

 1968年に移籍先の Mercury レーベルからサード The Infinite McCoys がリリースされました.マーキュリーはメジャー・レーベルでしたが,プロデュースはマッコイズ,曲もメンバーの作品が大半という恵まれた条件で,モンキーズの後塵を拝しはしましたがフル・オリジナル路線が確保されました.ただモンキーズ同様あまり芳しい成果を残すことはできませんでした.マーキュリー時代はサイケ時代とよばれ,3枚目は特にお金をかけたレコーディングが行われていたようですが売れず,すべてメンバーによるオリジナル曲のシングルも最高位が90位台と振いませんでした.
 

マッコイズ:続

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月 6日(土)07時37分31秒
編集済
   さて,Hang On Sloopy ですが,この曲はオリジナルではなく,前年に The Vibrations という黒人ヴォーカル・グループがヒットさせた My Girl Sloopy のタイトルを換えたカヴァ曲です.hang on は「しがみつく」といった意味なのですが謎なのが Sloopy で,女性のニックネームらしいということしか分かりません.リックさんの話では Dorothy Sloop というオハイオ大学の学生だったジャズ・シンガーに由来するそうで,確かにリックさん兄弟を含めメンバーはオハイオ州出身で,この曲はロック版オハイオ州歌になったそうですが,原曲はセントルイスの高校生が作り,The Vibrations もLAのグル―プなのでちょっと怪しいです.他にも諸説があるようです.

 同じく1965年8月にヤードバーズがこの曲をEP盤の1曲としてオリジナル・タイトルでリリースしています.マッコイズは9月とされているのでこちらの方が早かったことになります.またストーンズのマネージャーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムが設立した Immidiate レコードの第1弾がマッコイズのこの曲(IM 001)でした.次作Fever はリズムが前作を踏襲するアレンジで7位を獲得しましたが,こちらもカヴァ曲でした.オリジナルはジョニーさんの Love, Life & Money でも知られる黒人歌手 Little Willie John の1956年のヒット曲です.

 でもオリジナル曲がなかったわけではありません.Bob Feldman,Jerry Goldstein,Richard Gottehrer という3名によるソングライター・チームの作品の提供を受けています.この3人は The Strangeloves 名義でレコードも出していて,1965年に I Want Candy という曲がヒットした時にコンサートでバックを務めたのがマッコイズです.前回揚げた襟なしのビートルズ・スーツはその際にあつらえたという話です.Hang On Sloopy も彼らでという案もあったようですが,ルックス的にビートルズ世代にアッピールしないと判断されたようで(年齢は同じぐらいでしたが),マッコイズに白羽の矢が立ちました.ファースト・アルバム Hang On Sloopy には彼らの作品4曲が収録されています.Fever のB面だった Sorrow はイギリスで The Merseys にカヴァされて翌年4位のヒットになり,後年デヴィッド・ボウィも取り上げました.

 最初の2枚のアルバムはこのソングライター・チームのプロデュースで,初期のモンキーズを思わせますが,モンキーズは1年遅れの1966年のデビュながら翌年には反旗を翻して一足先にフル・オリジナル路線を進むことになります.マッコイズのセカンド You Make Me Feel So Good(1966) ではソングライター・チームで4曲,さらに Mort Shuman が3人に加わって2曲の計6曲が収録されています.この時期のオリジナル曲は次々とシングルでリリースされたものの,アメリカではトップ40には及びませんでした.Mr.Summer という曲だけは Zehringer のクレジットがあります.Discogs によればリックさんではなく,ランディさんとのことです.

 3枚目の画像はゴールド・ディスクの記念写真で,指で6(ディスクの数?)を示しているのが曲を書いた一人で,レーベル・オーナーの Bert Russell(次回取り上げます),右端が Bob Feldman で,左下が Jerry Goldstein です.ソングライター・チームの二人は1961年にコロンビアから Bob And Jerry 名義でシングルを1枚リリースしたこともあります.
 

マッコイズ

 投稿者:ム`川わにじ  投稿日:2017年 5月 5日(金)14時09分41秒
編集済
   うりぼうさん のお話の中に Johnny Winter And があり,リンク先にリックさんの名前もありますので,彼の最初のグループだったマッコイズについて書きます.マッコイズと言えばなんといっても1965年10月2日に全米ナンバー・ワンを獲得した Hang On Sloopy が有名で,これがデビュー作でもあるのですが結成は1962年に遡ります.

 中心は言うまでもなくリックとランディのゼーリンガー兄弟でした.ドラマーのランディさんが兄か弟か長らく不明でしたが,Discogs によりますとリックさんが1947年8月5日生まれ,ランディさんは1948年11月21日生まれなので弟ということになります.ヒットした時にリックさん18歳,ランディさんは16歳でした.

 当初は The Rick Z Combo を名乗っていたそうで,他のメンバーはベースに Dennis Kelly,キーボードに Ronnie Brandon でした.何時のことだか分かりませんがデニスは進学のため脱退し,ベースの Randy Jo Hobbs とサックスの Sean Michaels が加入したそうです.Rick and the Raiders を名乗っていた時期もあるそうですが[追記 シングル1枚が残されています],何時からか The McCoys になりました.McCoys の名前の由来はチャック・ベリーの曲だという説がありますが,正しくはザ・ヴェンチャーズです.

 最初の2枚のアルバム(1965,1966)にはパースネルのクレジットがないので分からないのですが,Ronnie Brandon は1965年中に脱退して Bobby Peterson が加入したそうです.しかし,セカンド・アルバムのジャケットにもロニーさんの姿があります.またデビュー時は4人でしたので Sean Michaels はそれ以前にやめていたことになります.Hang On Sloopy にはサックスが入ってはいますが.
 

Re:

 投稿者:mieko  投稿日:2017年 5月 3日(水)18時56分15秒
  ★親分

>Jasmine Nightdream

>最後の3曲 All Out,Sky Train,Solar Strut を編集したものだと分かりました.

これは知りませんでした

シングルで3曲を編集した曲ということで別テイクではないとしてもこの3曲をどう繋げて
1曲にしたのか興味ありますね。

アルバムの紹介バージョンとでも言うのでしょうか。
昔はよくシングルカットされた曲がアルバムとは別テイクだったり
ファン楽しませてくれたりしましたね。



>今は無きウィンター・ボード(EdgarWinter&WinterFamilyBoard)

一時は1日で1ページ越える事もありましたが、時代とともに衰退してしまいました

Kirkさんも直々書き込みしてくれた事もありましたね。



>Above And Beyond

youtube レコードが回っている@@

この曲はTheEdgarWinterAlbumの2曲目に収録されていて当時の流行に乗って
ディスコ調の濃いアルバムになっています。

うりぼうさんの話題にもなったDyingToLiveもアルバムWhiteTrashと別バージョンで
収録されております。




★うりぼうさま

再度来てくださりありがとうございます

私と親分(ム`川わにじさんの愛称)より少し若い方なのですね。
嬉しいです。AndLiveから入るとは、渋い(笑)

同年代でファンの方は確かにいなかったのではないでしょうか。

私は72年頃からリアル聴きしてたのですがほぼまわりにはファンはいませんでしたね。
(そういえば72年頃の来日したTRex、武道館のライブのある日に学校の帰りに
周りをうろうろして流れてくるリハーサルの音を聴いた事があります。

DyingToLive、私も大好きな曲です。

Edgarも時代を超えて自身のアルバムに3度、この曲を取り上げています、

2009年のReach for It にも入っていて嬉しく思いました。
http://www.allmusic.com/song/dying-to-live-mt0005787446


2001年のライブの時に、Edgar本人に一番好きな曲は?と訊かれまして
この曲を挙げたら、ライブの時に演奏してくれまして人生で一番嬉しかった思い出となってます。

その時のレポートはこちら ↓



http://mieko2.web.fc2.com/edgartop/edgar2001/hrc.htm



またそろそろ来日が待ち遠しいですね。
みんなで、次回の来日を待ちたいと思います。


PS ポールマッカートニー、mixiにはつぶやきましたが私は27日の東京ドームに行きましたw

http://mieko2.web.fc2.com/

 

エドガーとの出会い

 投稿者:うりぼう  投稿日:2017年 5月 1日(月)18時36分21秒
編集済
  ム`川わにじ様 mieko様

うりぼうです。歓迎してくださり、嬉しいです。

私は80年代が学生時代で、その頃は70年代のU.Kのロックを聴いてました。T.Rexとか。
EWGは名前くらいは聴いてましたが、エドガーの顔も知りませんでした。

社会人になって好きなアーティストがジョニーのファンだったのでAndの「Live」を手にしたのがファミリーとの出会いでしたが、エドガーがジョニーの弟だということは聞いても忘れたり(^_^;)

ひょんなことからフランケンシュタインを発見して、この人がエドガー??ってビックリして、すぐに名盤だと激賞されていた「Shock Treatment」を聴いてみて、もう大好きになりました。すぐに「Dying to Live」も聴いて、こんなにスゴい人とどうして今まで縁がなかったのかと人生やり直したいとまで思いました(笑)

残念ながら私の同年代で洋楽好きの人でもエドガーを知っている人はほとんどいません。「Dying to Live」を知らない人がばかりって悲しいです( ;  ; )
私の周りではポールウェラーが好きな人が多くて私も好きでしたが、それがどうでもよくなるくらいエドガーが好きです。

その後、遅れを取り戻すべく次々に聴いて主要なアルバムはほぼ脳内ですぐに再生可能になっております^_^
願わくばできるだけ早くエドガーに来日してほしいです。

今、ポールマッカートニーの来日で盛り上がっていますが、エドガーはポールより若いのですから。
先月はキンクスのレイ・デイヴィスも新譜を出しているのでエドガーにもバリバリ活躍してもらえるといいなと思います。

完全な後追いなので、この BBSの投稿をとても楽しみにしております。
あと、miekoさんのサイトも。

私の好きなスターダストレビューの根本要さんがジョニーについて書いたコラムです。エドガーとリックにも触れられていて、感涙ものの内容です。

http://www2.jfn.co.jp/kaname/himitsu2008/himitsu_back03.html

これからもよろしくお願いします。

最近、facebookで見つけた写真です。
ベースの人の身長はどのくらいなんでしょうか(@_@)
 

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